供養とは?

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供養は供える物より、その行動をする人の心が重要です。また品物だけでなく、為になる話をしたり、仏教的教えに基づいた行いをすることも供養です。
お経をあげるのは、為になる具体的行動です。行供養とか法供養、敬供養などといいます。参会した人への食事の提供や、お寺に仏具などを奉納するのは、財供養または利供養といいます。
また、供養の語源には”彩る”と言う意味もあり、美しいものを供えることも供養です。花をはじめとして、本堂の中にあるきらびやかな瓔珞ようらくや幢幡どうばんなどの飾り物も、供養品のひとつです。

主な供養の種類

先祖供養(祭祀)

インド仏教では、仏・法・僧の「三宝」を供養することが本来の供養であった。中国仏教では、直接、先祖や亡き父母を(霊廟で)祭祀する儒教の「先祖祭祀」の考え方が取り入れられ日本に伝わりました。

彼岸供養

お彼岸とは中日を挟んで前後三日間の、合わせて一週間の行事です。お中日とは太陽が真西に沈む春分・秋分の日です。昔から西には西方浄土といって仏の世界があり極楽とされています。極楽に往って生まれた(往生)先祖を偲び、今日ある自分を育んでくれた先祖に感謝し、自分も死なば極楽浄土に行きたいと決意を新たにする実践週間です。

永代供養

仏の供養をするべき施主が遠くに住んでいたり、海外へ移住したり、子供がいなくて法要を勧めてくれるひとが居ないなど、やむをえない事情で、法要ができないときに、代わって菩提寺が永久に祖先に対する法要をしてくれるのが永代供養です。永代供養とは文字通り、永久に子々孫々までご先祖さまを供養することですね。
ただ現在では一般の墓苑業者や葬儀社の方々が少し意味の異なる解釈をしているようです。彼等には内規があって、五十回忌くらいまでを指して、いわゆる永い間というような意味でとらえているようです。ここではその正しい解釈ともう少し広義で考えてみることにします。
正しくは永代で供養するのですからお寺の方から考えますと住職の代が変わっても変わらず供養すると言うことですね。当地では祠堂施餓鬼という内容でお施餓鬼に毎年供養をするのが一般的ですが、永代供養とはその家が絶えてしまう時にご先祖をお寺において永久に供養すると言う考え方が一般的です。絶えてしまうというと穏やかでは無いですが、子供さんがいらっしゃらないとか娘さんだけですでに他家へ嫁いでおられるとかでご先祖のお守りができなくなってしまう例はけっこうあります。嫁してしまうと娘さんも嫁ぎ先の仏様がありますから実家の方まで面倒をみられないという状態です。
ただこれは一例として特に思いの強いお世話になった方の供養をご依頼になりこともあります。この場合は血縁でなくてもかまわないと思います。その他には人間だけでなくて特に可愛がっていたペットやお人形などもこの範疇に入ってきます。まとめてみますと、本人が何らかの理由で祭祀できない環境にあるかまたはそれになる可能性がある場合などに本人様に代わってお寺がその役を遂行することでしょう。
これには今まで述べてきた理由に加えて お墓や実家と遠距離に勤務なさっているとかお体が不自由で直接お参りに行けなくなってしまった場合も含まれますね。当山では永代供養の定義付けを文字通り永久にと考えております。ただこれはやはり特別なことであって、本来は縁につながる方々が故人を偲んでお参りすることが肝要でしょう。

水子供養

水子供養とは、生まれることのなかった我が子を慈しみ生むことのできなかった母の心を癒すご供養です。

先祖供養

先祖供養と言うと、なんとなく時代錯誤のようなイメージを持たれる方も多いと思います。しかし、今の私たちが在るのは先祖があって初めて成り立つのは皆様にもご理解いただけるところでしょう。だからこそ、人はお墓や仏壇の前で手を合わせ、先祖を敬い、懐かしんで、今は亡き人々への祈りを捧げるのです。信仰する宗教や、人それぞれの考え方によって、先祖の霊と言うものに対する立場は様々でしょうけれども、不思議とお墓や仏壇に参った時に心の安息を感じるのは多くの人に共通するのではないでしょうか。

先祖供養と言っても何も難しく考えることはありません。辛い時、悲しい時、そして何か心に不安を感じた時にはお墓に参ったり、仏壇に手を合わす。そして父母や祖父母、さらに昔の先祖の霊に祈れば、親が子供を慈しむように先祖の霊は必ず救いの手を差し伸べてくれることでしょう。墓参や、仏壇に手を合わせることで先祖の霊には供養となり、私たちには心の安息が得られるのです。

父母や祖父母が先祖となって私たちを見守ってくれるように、やがて私たちも先祖となり子や孫を見守っていきます。そのように生者と死者の間で人の営みは永遠に繰り返されて行くものです。

先祖供養、それは、故人の霊のためでもあると同時に生者のためでもあるのです。先祖の霊に手を合わせることで、心の平安が得られるのであれば、先祖供養は人々の心の支えとなるのではないでしょうか?