若林寺の歴史

頓譽露天上人により若林寺開創

若林寺の歴史は、承久の乱の功績によって、酒井氏の始祖である酒井正親が当地に、地頭や公文職を与えられたことから始まると伝えられています。
そして、その末裔である酒井筑後守信政が永禄元年(1558)に、ご先祖様や、実父である越中守頼重の菩提を弔うために頓譽露天上人を開基として若林寺を開創しました。

酒井孫左衛信蜜が若林寺を中興

その後酒井氏は織田信長の丹波攻めにおいて戦って敗れ、若林寺も戦火に遭って一旦中絶しましたが寛永年間に信政から数えて3代目の酒井孫左衛信蜜が若林寺を中興しました。これが現在の寺地です。

酒井孫左衛信蜜の三男「貞忍」が若林寺を継承し、護持発展

この信蜜の次男は大本山金戒光明寺第三十八世「清蓮社到譽速開順教上人」であり、三男も出家して名を「貞忍」と名のって若林寺を継承しました。
このように若林寺は酒井一族によって開基され、護持発展してきた氏寺的存在といえるでしょう。

若林寺へのアクセス

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*電車でお越しの方
福知山線南矢代駅下車 東へ徒歩15分(JR大阪駅より快速電車で約1時間)

*お車でお越しの方
舞鶴若狭道 丹南篠山口インターより国道176号線を南へ約10分(大阪・神戸より約1時間30分)